第24回「理不尽さが人を育てる」(2014年9月放送)

 皆さんは「麦踏み」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。麦や稲は、まだ小さい頃に踏みつけられると、より丈夫な茎に育つということがあります。人間も同じなのではないでしょうか。

 これからお話しするのは、私が大学生の頃のお話です。時代はバブル経済絶頂期、トレンディドラマ全盛期で、私もドラマの中に出てくる主人公のような東京暮らしを夢見ていました。しかし、ちょうど姉も東京の私立大学に在学していて、両親は2人の子どもに仕送りをしなければいけない状況でした。そんな中一人暮らしができるはずもなく、大学の敷地内にある学生寮に入寮することとなったのです。ここは、年間5万円で光熱費込、8畳ほどのスペースに2~3人が同居し、お風呂・便所は共同というところでした。

 今でも覚えていますが、桜が満開の校内を歩いて学生寮に向かうと、新入生こちら→という看板があり、入寮手続きを済ませると早々に「集会室」なる部屋に1年生は集められました。そこで先輩の口から発せられたのは、こんな言葉でした…。「これから毎年恒例の新入生歓迎のセレモニーをやります、ついては、お前らに自己紹介のやり方を覚えてもらうので、限界を超えた声で挨拶するように」そうです、超体育会系の学生寮だったのです。ことあるたびに「先輩の言うことは絶対です!」と復唱させられ、週に1回は電話当番なる役割があり、3回以上呼び出し音が鳴ると連帯責任として1年生全員が正座させられたりもしました。時には駅前で大根をもって踊らされたり、真夜中に鍋をもってラーメンを買出しに行かされたりもしました。語り始めるとキリがないのですが、朝まで麻雀に付き合うこともありましたし、先輩の代わりに授業に出ることもありました。そんな理不尽な暮らしが嫌になり寮を出ていく仲間も大勢いましたが、私はいつしかそんな理不尽な「使いっ走り」を楽しむことにしていました。

 最初は苦手だった「大声で自己紹介すること」も「使いっ走り」にも段々と慣れてきて、先輩に何か頼まれると、その期待を上回ってやろうという気持ちすら持てるようになりました。もう、ゲーム感覚でした。

 社会に出ると、理不尽なことだらけです。自分の思い通りに行くことはほとんどなく、その逆境をどうやって楽しむかということが、とても大事になると思います。今自分が置かれた環境にいかに適応し、楽しめるか。こんなことを意識できるようになったのも学生時代の理不尽な先輩のおかげだと感謝しています。